「言葉で正確に伝えるのは難しい」

 ミラノ・コルティナ冬季五輪のテレビを見ていて、スピードスケート女子の高木美帆選手の言葉が印象に残った。
 彼女は、レース直後に取材を受けた時、自分の真意を説明するために言葉を慎重に選んだ。説明しづらい時は「正確に、言葉で伝えることは難しいなと私の中では思っているんですけど」などと前置きした上で話すことが珍しくないという。感想を記者に聞かれたとき、すぐに答えず、この前置きが出てきた。
 その間、繊細な感覚と向き合っていたのだろう。体で漠然と感じていることを、ぴったりの言葉で表現するには時間がかかる。
 高木選手は五輪で計10個のメダルをとった。体調管理に悩みながらも、前進し続けたからこそ、体の感じに人一倍、敏感だったのだろう。
 もう一人、スキージャンプ混合団体で銅メダルの高梨沙羅選手の言葉も私に響いてきた。
 「こうしてまた(五輪に)戻ってきて、メダルを取った瞬間まで応援し続けてくれた人たちに、感謝以上の言葉があるんだったら表現したい」
 彼女は、「感謝以上の言葉」で表したい何かを感じていた。4年前にスーツの規定違反で失格を経験した彼女を、いろんな人が支えた。4年前からずっと変わらず、応援してくれた人たちへの気持ちは、正確には、「感謝以上の言葉」としか表せなかった。
 高木美帆選手が答える前にやっていたことは、まだ言葉にならない感じと一緒にいることだ。高梨沙羅選手も、時間をとって「感謝」以上の何かを感じ続ければ、納得いく言葉が出てきたかもしれない。
 心理学者で哲学者のユージン・ジェンドリンは、カウンセリング・心理療法でうまくいった患者(クライエント)が内的にやっていることを研究し、「フォーカシング(focusing)」と名付けた。トップアスリート自身はこの言葉を知らなくても、内的にしていたのだろうと思わされることがよくある。