カール・ロジャーズ カウンセリングの原点(諸富祥彦著、角川選書、2021年3月)を読んで

 諸富さんの前著「カール・ロジャーズ入門」(1997年)を読んで、目を開かされる思いをした私は、ひと味違う本書から、ロジャーズという傑出した人物の理論と実践について本質的な理解をつかめたような気がしている。
 私が産業カウンセラーの養成講座で20年余り前に学んだロジャーズは、「受容、共感、自己一致」という言葉から想像される、温かい傾聴の元祖のイメージだった。しかし、本書で強調される彼は、他者からの期待にこたえるよりも、自分の内蔵感覚(フェルトセンス)から言葉を発し、考え行動して、徹底した自由を求める。時は他者との闘いも辞さず、冷酷に見える時さえある不器用な人物である。近年、SNSの発達で、「いいね」をもらう他者からの評価に敏感になりすぎて、自分を見失いがちな現代人にとって、必読の書と言えよう。
 本書は1955年前後のロジャーズに焦点を当てている。ロジャーズのもとに、有能な若手研究者が集まり、その中にはフォーカシングの創始者・ジェンドリンもいた時代である。カウンセリングの録音をもとに、成功や失敗がどこからもたらされたかを研究するチーム・ロジャーズの中で、体験過程の測定尺度や理論がつくられていった。ロジャーズとジェンドリンの関係については、田中秀男さんの博士論文「フォーカシングの成立と実践の背景に関する研究」(2018)の成果も取り入れている。
 一般的に、クライエント(パーソン)中心療法のロジャーズ、フォーカシングのジェンドリンと分けられるが、幸せとしか言いようのない二人の天才の交差があり、ロジャーズの理論にはジェンドリンの影響が早い時期から認められることが、説明されている。
 日々一人で、言葉になる前のノドからお腹にかけての感覚に立ち戻ることは容易ではない。真に話を聞いてくれる相手がいて、「内側から深い理解」をしてもらえると、前進しやすい。内臓感覚と聴き手がセットであることを強調しているのも、本書の特徴である。
 宗教や政治などの対立を超える道を世界規模で探ったベーシックエンカウンターの実践や、ロジャーズの恋愛・結婚論、教育論も刺激的で面白い。角川選書649(カドカワ)。2300円(税別)